実験的に映画の感想を書くコーナーを作ってみました。
思考迷路の下に置いてあります。
このサイトは以下の被害を受けてメインコンテンツを停止していますが、サーバーをお借りしている都合から放置という訳にもいきませんでした。
そのためテキストのコンテンツとして『思考迷路』を開始いたします。
勝手に書いているブログのようなものと思っていただければと思います。
キャラクターが独り言をいっている風の文章を載せるコーナーを実験的に開始します。コピペネタっぽいやつです。
今のところはこの場所に畳みながら収納します(そのうち別ページ作るかもしれない)
ピロシキが「玉ねぎは万病の嵐」って言いながらネギ切ってて、たぶん何もかも違う。とりあえず「嵐はどこから来たの?」って聞いたら「太平洋じゃねーの?」って返ってきた。違う、そうじゃない。
この季節になるとトゥーデルに対して「暑すぎるから温度下げろ」という冗談をいうのがお決まりだ。
高橋って何でもできるんやけど、家庭科の調理実習で「塩胡椒少々とは何だ!分量を記載しろ!」ってキレとって、おっいよいよ高橋にも苦手分野があるって判明するんやな、て思てたんやけど、高橋が作った鮭のムニエル美味すぎて、だからお前は嫌われるんや高橋。別の班のアキラくんは味噌汁担当してたんやけど、ダークマター錬成してて、丸眼鏡くんが「液体が焦げた…真っ黒に…」って呟いとったで。
このサイトはハッキング(おそらくトラッキングのようなもの)を使用した誹謗中傷および自殺教唆の被害により一時的にコンテンツ掲載を停止していました。
⇓詳細
2025年10月~2026年3月に渡りIPアドレスを追跡し、休みなく殺意ある暴言を浴びせる行為
その際証拠が残らないようにする工作があったため、訴訟などが厳しい状況下にありました
サイトそのものが危険と判断していたため非公開としていましたが、ダミーサイトを作った結果、そちらに被害がなかったことから、こちらにももう被害がないだろうと判断し、サイトを訪れた方にお知らせする形にしました
可能性として、トラッキングの犯人は複数であったことが予想されます。ネットで遊ぶ時間がバラバラであったにも関わらず、どこにでもいる・いつの時間にもいるという、単独犯としては極めて成り立ちにくい状態であったためです。
また、嘘や悪口を言いふらすと脅してきていたので、もしネット上で私の名前を出して悪く言っている人がいたらその人が犯人である可能性が高いです。(私はほぼ無名なので確信だと思いますけどね)
トラッキングというものは本来企業が使うもので、個人を特定するために使うことは犯罪に当たります。とはいえ立証が難しいのも事実です。
お読みいただいた皆様には気を付けていただきたく思います…。
明言することはできないのですが、活動を別の形にしていこうと思います
皮肉なことに一連のできごとで漫画を描き続けることだけが自分の道ではないと気づいてしまったので…
しかしやってきたことは全て繋がってくるものですから、ご心配なさらず!
こういった経験もネタ作りの一つと考えるのが私なので。
下地作り期間という感じです
もしかしたら予想外の形になって戻ってくるかもしれませんし、楽しみです。私が!
名前がそのままだと再び被害に遭う可能性が高いので名前捨てるかもしれません
最近紅茶を飲む頻度が減ったのでいいかな~と思ってます
とはいえお話するときはニックネームのままで大丈夫かと…
ダミーアカウントを増やしていこうと思っています
どうやら相手は気に食わん人のアカウントを消すのが趣味のようですので逆をやろうかと思うのです
すでに一個ダミーアカウントを作っているのですが、追いかけ回しにきていたので有効に思いました
大量のアカウント作ったら目え回して面倒になって追跡やめるでしょう
追跡続けるならそれでよしです
ダミーアカウントの追跡は時間の無駄ですので
こういった経験も創作のネタに繋がってくるでしょうし(創作に狂ってる人間の考え方って全部こんなもんですよ)
※ここにある文章は一個人がなんとなく考えてみたことを遊びで書いているものです。科学的データに基づくものではないことをご了承ください。
有名な本で『思考は現実になる』というものがあります。おそらく似たような書籍がたくさんありますね。翻訳の仕方とか違うかもしれない。
内容を要約すると「思ってることは現実になるよ~」という話です。そして私が読んだ書籍ではモンキチョウの実験の話がありました。今日モンキチョウを見つけるって思い込むと本当にモンキチョウが見つかります。これは実験済みでして、脳の中のRASという気づきフィルターが働いて、見つけやすくなるんですよね。
で、本当に思考が現実になったら面白いじゃないですか。
そういう訳で私、自分を使ってそれなりに実験していた時期があります。結果から言いますと、大きすぎることは実現せず、あまりにも小さすぎることは実現しやすい…ということになりました。
そんなの当たり前じゃん!って感じなので、半信半疑ってわけ。
しかし医学のお話では、これの実現例があるわけですよ。
それがプラシーボ効果です。
もう有名な話なので、思考が現実になるより聞き覚えがある方が多いかもしれませんね。
まったく別の薬を頭痛薬と思い込むと本当に頭痛に効くというアレです。
ここで繋がってきそうなものですよね。しかし完璧に繋がらないのは、プラシーボ効果は人によって出るかどうかまちまち、そんな方法があるなら皆病気になってないよ!という話で。
一旦この話は私の中で置いておくことになってたんですよね。
そのあと、量子力学の話をチラチラみていましたところ、気になる話があってですね
「量子力学の世界では物質がいきなり現れたり消えたりするが、量子力学の世界はそもそもミクロの世界なので、我々人間の大きさだと起こり得ない」
…という訳でですね、プラシーボ効果の範囲はミクロってことに落ち着きました。私の中では、量子力学の範囲内で思考が身体に何らかの影響を及ぼし、それでプラシーボ効果のようなものが現れるという結論に至ったわけです。
つまり思考が現実になるも、ミクロの範囲ってことになりました。個人の考えの中では。
そのため、思考は現実にならないじゃーんって投げ出しを聞いても、まぁそうだよねって思います。
だから、現実になるではなく実現しやすくなるってニュアンスが正しいと思いますよ。
ミクロの積み重ねに関しては実験の最中なので、また何か書くかもしれませんが。
原子って核を中心に電子やら中性子やらがぐるぐる回ってて、惑星に例えられてすらいますよね。じゃあ宇宙の外側にも宇宙があって、なんかぐるぐる回ってるって考えるの結構自然ですよね。宇宙人体説も納得感がある。この世界のものはマトリョーシカ構造のものが多い気がしてきた。
でもちょっと気になったことがあって、やっぱり地球ってかなり特殊な部類なのかな~て。
宇宙の中でも突然変異起こした星なんだろうなと思います。人体でいえば良性腫瘍?人体の細胞って、本来なら修正されるべきものが修正されずにいると変わった形になるじゃないですか。それならがん細胞ってなるんですけど、がん細胞は基本的に禍々しい形をしているので、一目で「あッ!破壊を引き起こしそう!」と分かる見た目をしたものが多い。しかし地球の見た目はがん細胞のそれではないわけで。
これ何に似てるかっていうと、進化の予兆じゃないですかねぇ。
人間、やたら何のために生きているのか悩みますし、私自身もすべてに意味がないと長らく思い続けていたのですが、しかしそうではない気がしてきたんです。
宇宙は進化しようとしているのではないかと思うんですよ。そして地球はゆっくりゆっくり影響を与えているのではないかなぁ。ゆっくり過ぎて待ちくたびれているんですよね。時間の流れが違うから人間にはその進化の意味がさっぱり分からない…。
……という、あくまで考えてみただけの仮説です。
でも宇宙がマトリョーシカなら、宇宙にも自然淘汰があったり、お隣さんの宇宙がパラレルワールドだったり、なんか面白そうですよねー。時間の流れが壮大そうだなぁ。
『ひめゆりの塔』という沖縄戦の女学生のお話を書いた書籍があるのですが、その中で最も印象的だったのは「綺麗な死は存在しない」というセリフ(うろ覚えですが)。死は平等に惨い姿であるということなんですよね。戦争で死にゆく人々は蛆虫に悩まされ、飢え死にしますから…。
とはいえ現代においてはお葬式の日は死に化粧というものを施されますし、なるべく綺麗な状態にしてもらえるのですが。
本題は死に様についてです。創作の世界において死は特別なもの。シリアス漫画では一番大切なシーンといって差し障りないでしょう。キャラの死に様が納得いかないものだと不満が出るものです。
グロにするのか、綺麗な死に様にするのか。悩むけれども、ここには作家性も出やすい。
私は純粋な子ほどグロくして、悩みまくった子ほど綺麗に散らせるタイプっぽいですね。
無意識に意図していたのは、純粋さと現実(死)の対比、そして現実と救い(死)の構成ですね。なんかそのほうが個人的に納得してるんでしょう。純粋な子は現実の時点で救われてて、こじれてる子は死によって救われるみたいな自分の中のルールがあるんですね。
基本的に名作と呼ばれるものは自己犠牲系主人公の死をラストに持ってくることが多いです。
死に様としてかっこいいんですよね。
また、亜種として自己犠牲の死に様に近いものを持ってくることが多いです。(代わりに才能や職を失くすなど)
しかし、死に様を全て自己犠牲系にする構成はなんだか飽和してます。(…でもいい感じにまとまるんだよなぁ。)
ここで冒頭の話に戻ります。よりリアリティを求めるなら死は惨いことを表現したほうがいい。
そしてそれに該当する名作が…やはり…
デスノートなんだよなぁ…。月の死に様って、すごいリアリティがあるんですよね。
あの月が死の直前取り乱すってことで、漫画を見ていた気分の読者は動揺するのですが。ここで現実に戻る感じがあるというか。
このリアリティラインはなかなか他では味わえない、やっぱり名作なんですよね。
余談ですが、数学の天才と呼ばれたジョン・フォン・ノイマンは死ぬ前に知能が下がっていたらしいです。リアル世界では死ぬ直前には知を奪われてしまうんですねぇ。人は死んだら他人に与えたものしか残らないというのは名言だ。
常々メディバンは買い切りなら絶対に買うと言い続けてきました。
5年越しの願いが叶いましたね…!(気づかなかっただけでちょっと前からあったみたい)
メディバンにはかなりお世話になっていることもあり、その代金……としては安いんですけど大丈夫?!
サブスクはインターネットにお財布を預けるのが怖くてなるべく入りたくないんですよ。ありがたい。
使用感について書いておきますね
※環境はiPad mini A17pro Apple Pencil Proです
まず前に使っていたメディバンプロより描きやすいです
iphoneで愛用していたメディバンfor iphoneと同じくらい描きやすいです!驚きました…
UIは独特ですが部分的にカスタムできます。ハマる方はハマるやつですよ!キャンバス外のところにマス目があって、好きな位置に保存ボタンを置いたり変形ボタンを置いたりできます。それにペンのセットが作れる機能はすごく嬉しい。アニメ用と漫画用で分けたいですね。
半日で満足できるイラストが1枚描けたので強いですね。普通はペンの設定など慣れるまで3ヶ月かかるのですが、ちょっといじっただけで描きやすくなりました。
おすすめはもちろんGペン2です。
不満点としては、既存のメディバンではペンをコピーで増やせたのですがその機能が見つかってないです。できないのかな?改造ペンをズラッと並べるのが好きなのですが…。
総じて楽しかったです。やっとメディバンにお金を払える日が来て良かった…
追記 6.25
ペンのタブをスライドしたらペン複製機能見つかりました!
今日道端でモンシロチョウを見かけたんです。アニメーションだとこのランダムな羽ばたき方を再現するのが難しいんだよなぁと思いながら見ていたのですが、ふとセル・オートマトンというものを思い起こしまして。
セル・オートマトンというのはですね、機械と人間の違いは何かという問いに「機械は子供を産まないわ」と返されたのち、それに対抗するかのように自らを複製する機械を作ろうって感じで科学者がワイワイ研究してたモデルのことです。(例によってうろ覚えです)実際に複製するというよりはシミュレーションです。
そのセル・オートマトンに設定されている動きは単純なんです。隣のセルに与える影響は○○で~って簡単なルールがある感じらしいんです。
でも、その単純なルールで葉っぱの模様みたいになったり、生命の複雑さを証明できたりするみたいなんですよ。
生命は単純なものが重なって複雑な動きになるってことらしいのです。
モンシロチョウの動きについて考えてみると、羽ばたきそのものの動き+x軸・y軸・z軸(横縦高さ)なので、単純さが重なっているんですよね。ここに風や草木の影響が入って複雑になり、不規則な動き=生命に見えている気がします。
不規則じゃないと命って感じがしないのですが、アニメーションの場合、羽ばたきのループアニメ+x軸・y軸・z軸の動きをつけただけでもいい感じになります。それだけで不規則に見えたりします。
単純さが重なって命っぽくなるんですね。
知識は何でもかんでもネタになるので、とりあえず貯めておいて損はないのである。
という訳で、ここは貯めた知識のアウトプット場所になっています。
もちろんここに全て書いておくなんてことはできませんが、まとめておくことによって脳内の整理の仕方が変わると思うんですよね。あとPCのキーボードを打つのが速くなってます。何かを続けることは無駄にならない…。
知識といえばユダヤ人ですね。知識は奪われることのない最大の財産。(なんか前の文章に反論みたいのものがあるのは置いておいて)
実をいうと覚えたての言葉を多く使うのも知識の定着に良いとされています。『フェリックスとゼルダ』(ホロコーストを題材にしたフィクション小説)の主人公も両親からそう教わっているので。フィクションでは「覚えたての言葉を何度も使いたいのね?」って煽られる手法ですが…。
ってな風に断定する人は頭が良くないらしいです(?!)
とはいえまぁ、私は人生相談って無駄だなぁと思うんですよね(悩み相談は別なんですけども)
だって、人生相談した人ってアドバイスされてもほとんどが「でもでもだってだって」って言い訳始めません?
ちなみに私はでもでもだってだって人間ですよ
こういう事情がある、だからできないって言い訳始めますよ
どうしてかというと、本人の中では決まっちゃってるわけですよね
できないって決まってるものを相談しても解決しませんね~…
本人ができる範囲で限界まで悩み抜いてんです、他人が何とかできるなんて思わないほうがいいですね
解決しないなら、何かを捨ててできるようにするしかないじゃないですか
捨てられないなら、悩み続けることを選ぶしかないじゃないですか…
人生のことは相談したって答えとかないんですよね
明日死んじゃうかもしれないし、それなら他人に何か与えておくほうが良くないですかね
人が死んだ後に残るのは、集めたものではなく与えたものである
って、シャンデリーさんという方の名言らしいです
よくよく考えたら努力が報われる必要性とかないのかもなぁ
ケロロ映画行ってきました
監督は勇者ヨシヒコの監督さんです
はっきり申し上げますが、勇者ヨシヒコ必修科目の映画でした
もう一度申し上げますが、勇者ヨシヒコを知らないと楽しめません
「私はケロロ映画を見に来たのに、なんだこれは……なんだ…??」という場面がいくつかありました
た い へ ん 楽 し め ま し た
好みが分かれるというレベルではないです
勇者ヨシヒコが好きではない方はたぶん冷めます
とはいえケロロファンとしては首を傾げる点がいくつかあるので、ケロロ映画という視点で見たら酷評する方もいるんじゃないかな…(私は勇者ヨシヒコ好きなので良かったです)
映画自体は異色作ですが、そもそもこの監督さんはラストのまとめ方が上手いので、私は好きです
パロディすればいいってもんじゃないんだよ!途中まではそう思ってました
何が良かったかというと、パロディがストーリーにちゃんと生きてくるけっこう珍しい構成だったんですよね
良かったです。面白かった。映画を見ると何で私がこんな書き方してるのか確実に分かるので、気になった方はGO
ケロロといえばガンダムです
ケロロ映画では当然のようにガンダムが出てきますから、ケロロ=ガンダムに異議申し立てする人なんていません
しかしなんだか…
ガンダムのほうがペコポン侵略してるんだよなぁ
ガンダムを見たことがない若者が7割、なんて語られていた時期もあったようですが、今って皆ガンダム知ってますよね
彗星の魔女が流行ったとか、ジークアクスが話題になったとか、要因は様々ですが…我々の世代なんてケロロ軍曹で強制的にガンダム見せられていたんですよ
世代なんてレベルじゃなくて、一時期アムロとシャアが育毛剤のCMやってたじゃないですか
名探偵コナンでは赤井秀一というシャアが元ネタのキャラクターが出てきますし、福岡に実物大ガンダム像とか出てるらしいじゃないですか
俺がガンダムだ、なんて言ってる場合じゃない
これからケロロは新アニメも来るのですが、ガンダムもセットで来ます
またガンダムになるんです
ガンダムに侵食されている……
ちなみに私はケロロもガンダムもどちらかといえばニワカです
バイアスというのは、先入観や偏見のことらしいですね。
出版バイアスをご存知でしょうか。
ネットで定義を見るとポジティブな研究結果のほうがネガティブな研究結果より公表されやすいだとか、その逆が書いてあります。
私が読んだ書籍では、出版社の思い込みによって偏った情報が流布することを指していました(何の本だったか思い出せない)。
…ちょっと用事ができたんで文章途中ですが中断します…
続きます
このバイアスの恐ろしいところは、一度流布された思い込みはなかなか払拭できないことですね。それは受け手もそうなのですが、出版側もなんですよね。
例えば、ブドウ糖を摂ると脳の疲れが回復するという話は聞いたことがあるんじゃないでしょうか。
実は正確な実験データが取れている訳ではなく、ブドウ糖はエネルギーだから気分が一瞬良くなるだけ、なんて説もあります。
こういう情報が出たからこれを出版したい、というバイアスがかかって歯止めきかなくなったりするみたいなんですよね。
なのでたくさん関連書籍が出てるからといって真実とは限らないという、なんとも恐ろしい話です。
家畜化というワードをついこの間、YouTubeで初めて知ったんですよね。
簡単にいうと、懐きやすい個体とか優しい個体を掛け合わせて、人間に都合のいい動物を繁殖させることなのです。
面白いのは、キツネを家畜化したら丸みを帯びて犬になったこと。
もっと面白いのは、人間の特徴は家畜化の条件にそっくりなのだそうです。(丸みがあるとか)
どうしてかというと、人間は徐々に協調性がある人が恋愛的に人気になった結果、凶暴な個体は減って大人しくて優しい個体が増えたのだとか。面白いですよね。
でも人間の家畜化前が猿なのかどうなのかは、進化論が否定されていることを鑑みると、違うんだなぁ…って思いますよね。チンパンジーと人間の遺伝子は98%同じなのに不思議過ぎませんか?
ちなみにチンパンジーは子供の時は大人しくて、大人になると凶暴性を抑えられなくなるそうです。志村どうぶつ園のパンくんが大人になってからテレビに出にくくなっているのは……気になった方は調べてください。書きたくないや。
家売るオンナは昔見て面白いなって思ってたドラマで、最近ちゃんと見てみたんですよね。で、ドクターXとちょっと構成が似てるので、共通点探しとか、違いとか、そういう見方をしてみたんです。こういう構成分析が好きなので。
感想だけいうと「めっちゃ面白かったでええす!!」になっちゃうんでね。
二作品の共通してる点は、「完成された組織の中に天才主人公が放り込まれる」ところにあると思います。
家売る女ではみんなで頑張ろうって空気のぬるい環境に天才不動産屋である三軒家万智がチーフとして配属される展開で、ドクターXでは派閥に染まった悪い雰囲気の大学病院にフリーランスの天才外科医大門未知子が入ってくる展開です。
話の進め方も類似しており、ふたりとも周りに才能を認めさせながら進みます。
違いについては、物語の終着点に行く停車駅がちょっとずつ違ってるのと、ラストは構成似せるときもあるけど、家売るオンナは普通のドラマっぽく恋愛にゴールしており、ドクターXはタイトル回収「ドクターXは誰なのか?」にゴールっぽいものを用意しています。
正直、家売るオンナはドクターXみたいに恋愛にはいかないと思ってました。驚きましたね。先発の作品があるからミスリードになっていて…。
こういう構成分析は、短編描くときなんかに参考になるだろうな~と思います。10話でまとめるってすごいですよね。
カリギュラ効果というのは、「やっちゃダメ!」といわれるとやっちゃう心理現象のことで、それなりに有名な言葉ですね。
最近テレビ見てないので知らなかったのですが、どうやら炎上しているとのことで気になりまして。
まんまと見ている、そういう策略なんでしょうねぇ。
問題になったのは番組内のトークが女性差別だということでした。
明らかに反論がバカスカできそうな内容だったので、なんかおかしいぞと調べると、昨今のテレビ番組は視聴率のために炎上することを意図的にするのだという話が出てきました。
うん、私見てないですからね。これぐらいしないと皆もう注目してくれないのかもしれないですね。
ところでカリギュラ効果って効果があるときと効果がないときありませんか?不思議ですよね。
本人の興味度に依存するのかな。絶対にこのファイル開いちゃダメって言われると、絶対に開かない派です。でもチョコ食べちゃダメって言われると、チョコ食べたくなりますね。あー…この場合、ファイル名のほうの情報が不足してますね。ファイル名が『おいしいグラタンのレシピ』だったら開きたくなります。
もしかして相乗効果かなぁ。最初のカリギュラ効果はそもそもエッチな映画が上映禁止になり、逆に注目を浴びたことからきており、その映画の名前が『カリギュラ』なんですよね。エッチなことって、人間の三大欲求のひとつだから…。
欲求とか属性とか、興味が持てるテーマじゃないとカリギュラ効果出ないってことですね。
でも、それだけだと反論があってですね、エッチな広告バナーで「今○○したくない人は絶対に開かないでください」ってやつ、あったじゃないですか。とりあえず知り合いは引っかかってなくてめっちゃ笑ってたんですけど。最近見ないから引っかかる人少なかったんじゃないですかね?うーん…ハードルが高すぎたのかもしれませんね。○○したくなるほどいい内容じゃないだろうなと見切られてしまう作りなのかも。「開かないでください」だけで良かったのかもしれませんね。
オモコロで推していた漫画がアニメ化しました。とても嬉しいです。漫画好きとして言いたいことが色々出てきてしまう作品なんです。漫画が好きであればあるほどギャグの仕掛けに笑えます。映像でどうやって活かすのかな?
YouTubeのコメントに「アニメ化しても主人公の名前は主人公」って書いてあってやっぱり笑っちゃう。
ビューさん(原作者さん)が主人公の名前を明かす気がないんですよね。人気投票も主人公としか書かれてませんでしたね。
他には悪魔情報を推しているのですが、悪魔情報は2ちゃんねる方式の作品だから映像化難しいだろうな…。
なんだこの中二病心がくすぐられるワードは…!などと思い調べただけです。
本当はパレットジェネレーター、自動でベースの色に合う色を提案してくれるツールをいじったら関連で出てきただけなので。
ナルシシズム、マキャベリズム、サイコパシーの総称らしいです。計算高き自己中って意味みたいですね。(カタカナにすると本当に中二っぽい)自作キャラでいうとガレットとかデルタとかが一応近い…。
自分では今まで描き切ってなかった性質だと思います。出会わないと描くの難しいんですよね~。
実在の人物だとポル・ポトあたりですかね。目的のために冷徹であったとされています。ポル・ポト政権の話はおっそろしいんで、二度と起こってほしくないと思いつつ、今の世界情勢見てると、なんかまた異常な社会になる可能性も0じゃないんだなって考えこんじゃったりしますね。
誹謗中傷で追いかけ回されたことによってそれっぽいキャラクターは描きやすくなったんだろうな~と思ってるんですよね。ダークトライアドキャラ…。
ついでのお話なのですが、カラーコードの法則性って皆さんにとっては常識でしょうか…?
お恥ずかしいことに、RGBと深く関連することを知らなかったんです。
#ffffffは白というのは知っていたのですが、なんか順番に番号がふってあるのかなって思ってたんですよね。
この6桁はRGBに対応していたんですね。加算で考えるから数字またはアルファベットが上がるほど明るくなるんですね…全然分からなかった!
#のあとの二文字がR、その次がG、そして最後がB…
馬鹿正直にマゼンタはマゼンタの番号で覚えるものとばかり笑!これから先個人的に使うのでめっちゃ勉強になりました。カラーも奥が深いな。
なんだこのメタファーが多いドラマは!
べた褒め注意ってくらい面白かったですね。いわゆるメタファー(暗喩)が非常に多かったです。
メタファーは何気なく登場人物の状態や成長などを表現するもので、例えば『やはり俺の青春ラブコメは間違っている』では主人公の八幡がマッ缶(マックスコーヒーっていう激甘の缶コーヒー)を好んで飲んでいたのが、急に苦いコーヒー飲み始めることで「このキャラクターは少し大人になりましたよ」ってお知らせするものなのですが…
このドラマだと本当にメタファーアイテムが多かったです!豆苗、扇風機、小銭、ブレスレット、鍵…メタファーこんなにあるドラマ初めて観たかな…?しかも結構繰り返し使うんです。豆苗なんて最後まで出てくるよ!メタファー使いの達人ですか?
物語は恋愛ものの皮をかぶっているように見えて終始「空気」を題材にしています。恋愛ものとしても楽しめるのにすごくないか…?!出てくる心情描写がやけにリアルに感じるのは自分も凪チャン側だったからなんだろうなぁ…。(今は空気読まなくなりましたね~。だって正直なほうが息しやすい!変な誤解も生まれにくいし)
しかしそれでも完全な解決に見えないラストというのは、視聴側からすると不満も出てくるもの。個人的にはリアルめのラストに見えますけどね…
だって、現実ってゴタゴタした問題を解決したことある?ほぼないよ!笑
最近考えているんですよ。スキルはポイント制だと…。ドラクエモンスターズって途中からポイントを割り振りすることによってスキル習得できるようになったじゃないですか。それと同じで、人のスキルもポイント制なのだと考えています。
厄介なのは、これが生活習慣にも結び付いていて、悪い習慣持ちだとそれがポイントとして加算されるんだなって…食べ過ぎとか話すのが不得意とか、ああ習慣になってたことだなと思うんです。
それで、賢さもそのスキルポイントの割り振りに依存するよな~となんとなく思う訳です。
科学分野に詳しい人は科学ポイントにどんどん加算されていくし、美術関係に携わる人は色彩の知識がどんどん加算されていきますよね。そうしてどんどんポイントを積み上げると、賢さってものに繋がるじゃないですか。でも一本道だった人が突然別分野に放り込まれたら、脳の回路を変えなきゃいけないのでたいへん難しい。専門のことは専門の方がずば抜けて詳しいです。しかし一本にずば抜けていなくとも、一度見た技術は絶対覚える写輪眼みたいな人や広くマルチにこなせる人もいます。これはこれで脳の回路がまた違うはずです。
他にもワーキングメモリー(短期記憶の呼び出し)に優れているだとか、サヴァン症候群とか、世の中には別種類の賢さが信じられんぐらいの数あるよな…とか、最近そういうことを考えています。
昔は天才っていうと何でもできる人を想像したけど、実際にはもっと細分化されてるような気がしますね…。
医学は人間について学ぶため生物に、生物は原子からできているため化学に…こうして全て繋がっている、という考え方を還元主義というらしいです。これは大学受験のときに体感で学ぶことが多いと聞きました(受験勉強が上手く行きだすと皆繋がってるって気づくみたいです)。
この考え方って漫画描きと相性いいですよね~。
悪いことが起きたらネタになる伏線、良いことが起きたらそれもネタにできる。調べたこと、勉強してきたこと、やってきた部活エトセトラ…ぜ~んぶネタとしてぶち込むことができる、それが漫画描きですよね。
頭が良かったらアドバンテージだし、悪くたっておバカエピソードを描けば生かせる。繋げたり切ったり貼ったり…漫画描きは還元主義と相性がいい気がします。
そういえば「作家は経験したことしか書けない」という言説が流行ったことがありました。藁人形論法で「それはまずい!」って反論があったのですが、この言葉に反論するのはちょっと違う気がするんです。
経験したことしか書けないというのは、「リアルに」という修飾語を抜いてしまった言葉なんです。そして取材や調べもので補うこともまた、間接的な経験であり、それはリアルより少し逸れてしまうんです。
だからやっぱり作家は経験したことしか(リアルに)書けないし、体感してきたことは全て繋がってくるんですよね。
…とはいえ、なのですが…間接的な体験、例えばホラー映画などで主人公が怖がるシーンなどは、経験としていかがでしょうか…。あれはリアルな経験としてとらえてもいいかもしれませんね。
本来ニュートンの物理法則に従って世界の現象を説明すると、それは単純で綺麗な形をしているはずです。加速した物体は摩擦などの影響がない限り止まらないとか、物理でやったと思うのですが、なんか納得できないのは三体問題、カオス理論とやらが絡んでくるから。
天文学では二つの天体が引き合う動きは計算で予測できるらしいのですが、そこに三つ目の天体が現れると事態は急変、計算が難しくなるそうです。これを三体問題といって、さらに初期状態でわずかに違う条件があると、結果が予測不能になり、こちらはカオス理論というみたいです。
ちょっとピンときたのが、三角関係みたいって話です。ふたりの恋愛模様を描くだけなら、実はとっても簡単で、とりあえずくっつくorくっつかないの着地点を設定することができます。しかしここに、ふたりの関係性をかき乱す第三者が出てくると話が変わります。この第三者の動きによって、勘違いが加速したり、逆に恋のキューピッド的役割を果たしてくれたり、ストーリーにおける山場を用意してくれたりと、味付けが激変するんですよね。
別の話になると、音楽理論の世界では三和音のコードと呼ばれるものが存在しています。三和音は使い方によって明るい音になったり悲しい音になったりするので、明るい曲調から悲しい曲調に変化してみたりと、その世界を激変させるものなんですよね。
そもそも3という数字には特別な何かがあるというか、収まりが良く、三バカというあだ名が生まれたりするなど使いやすさがあります。国によっては33が神の数字だった気がする。
このトライアングル的な何かは、世界の法則において、美しいランダム性を生み出すことができる特別なものなんでしょうね。
忙しいけどソワソワするタイプの忙しさだから毎日書きにきてますね。継続は力なり、習慣はその人をつくるなんていいますけど、まったくもってその通りで、特に食事なんて毎日の積み重ねが身体を作っているのだから、身体に悪いものばかり食べていたらたいへんなことになります。
毎日書く効用についてでも書こうかな。
実をいうと「人生が変わる○○な習慣」という特集には毎日日記をつけるという項目がございます。
これは数日単位だと効果が分からないのですが、数か月単位になると効果が出始めます。
日々勉強してることを忘れがちなんですよね、脳が。
人の脳というものは長期記憶以外は意図的に忘れるようにできているんですよね。ふわっとした記憶ばかり残るようになっているんです。これはどうしてかというと、未来に対応するためといわれています。なんでもかんでも覚えているとそれに引っ張られて、予想外の出来事が起きたときに対応しにくくなるのだとか。
脳は基本的に忘れるようにできているので、思い出したいことは定期的に書いておく必要があるんです。だから毎日日記をつけると読み返したときに日々の復習ができるんです。
あと、単純に文章力が身に付きますね。英語で日記つけるとかもアリかも?
幽霊の正体は電気なのではないか?という仮説をずいぶん前から立てているんですよね。というのもまず、人間には電気が流れているじゃないですか。神経って電気が流れて動くじゃないですか。だから大元の仮説として成り立ちやすいと思うんです。そして、登山の最中に幽霊に出会った話を聞いたことがあるんですよ。亡くなったはずの登山中のご夫婦が、体験者さんが道に迷ったときに案内をしてくれたという話です。これは山に磁石石で電磁波が流れていたことから幻覚を見ていたことになっていんですけど、それだけだとおかしな点があるんです。体験者さんはなぜ面識のないご夫婦の幻覚を見たのかという点です。これは電磁波だけだと説明がつかなくないですか?仮説はこうです。山にある磁石石によって発生した電気は亡霊のデータ保存をしており、条件が揃うと人間が持つ脳のシナプス─つまり電気に反応し、幻覚を見る。………でもこの登山中の話だけだと信用に足らないですよね。どこまで本当か分からないですし。(仮説自体が突拍子もないのは置いておいて)
ということで、実体験をもとに仮説に味付けしていきます。
実は私の家の周りってWi-Fiだらけなんですよね。スマホでWi-Fi調べると10個以上ビュンビュン飛んでいるんです。特に私の寝る部屋が酷いんですよ。たぶん部屋の位置が四方八方から風がぶち当たる場所で、Wi-Fiがたまりやすいんだと思います。それで、私のベッドって部屋の端っこに寄せてないんですよね。当初、その理由は直感でした。端っこは嫌な感じがするんです。でも一度端っこに置いたあとに、ある理由が判明して、端っこに置くことを諦めたんです。その理由というのが、ずばりWi-Fiです。
私の部屋の端っこはWi-Fiだらけなんです。ここにベッドを置いて寝ると何が起こるのか。
なんかそこで寝ると悪夢ばっかり見るんです。それで、そこにベッド置くのやめたんですよ。スマホで調べてみたら、端っこだけ15個ぐらいWi-Fi飛んでました。
その悪夢の一つが、お隣の小学校のワ―――――って遊ぶ声だったんです。
それで、Wi-Fiって飛んでると人間のデータを電気として記録しちゃうんじゃないの?って仮説を立てたんですよね。
なので、私の中では幽霊=電気説が有力な説として君臨しているんです。
最近ドパガキというワードが耳に入るようになりました。ドーパミン中毒のガキという意味のようですが、必ずしも子供のことは指さず、主にショート動画中毒者のことを指すようです。うーん…実は音楽以外のYouTubeって2時間くらいで飽きてしまう体質なので、個人的には共感できなかったりもするのですが。主体的にどんどん何かしたくなる体質ですから…。
このドーパミン中毒が問題視されているのは、集中が続かなくなるからのようですね。これはちょっと覚えがあります。コロナのときのあの感覚に近いでしょう。
でもドーパミンは普通に過ごしていても出ているよ、という話がバズっていたみたいですね。(現在Xから離れているので、情報はnoteから手に入れていたりします)
確かにドーパミンは普通にしてても出てますね。脳がそういう仕組みなので。
じゃあ何がまずいのかという話になってくるんじゃないかな。
おそらくドーパミンが出る過程ではないでしょうか。
ドーパミンは目標を達成したとき、報酬の期待などで出るようです。しかしそのドーパミンの出し方でお手軽なのが、受動的に受け取る動画ということになるんじゃないかなぁ。
人間の脳は怠け者です。それは特別なことではなく、脳というものはコスパを大切にしていて、なるべくサボりながら生活したくなるよう仕組まれているんです。誰の脳内にもサボローが存在するんですよね。
そのため、ひとたびお手軽なドーパミンの出し方であるショート動画を見てしまうと、次もサボりながら報酬を得て、その次ももっともっとを増やし、どんどんエスカレートしていくのではないかなと思います。
一方で健康的なドーパミンの出し方というのは、自分で計画を立てて遂行すること─例えるなら筋トレによるダイエットへの期待、料理本を買って実際に本に載っている料理を作り味に対して期待することだと考えられますね。これらの良いところは報酬そのものが遅いところにあります。そのためエスカレートはしにくく、コツコツ積み上げていくことを覚えられますから。
つまり、ドーパミンを出すなら自分から何かをやるのが一番いいということです。
実はちょっと危ういのが読書、映画鑑賞あたりですね(自戒)。これらは受動的なものに近いので、自分から何かアプローチして、能動的な行動に変えていく必要があるんですよね。感想を書くのもそのひとつだと思いますし、できれば本というものは感動したらそっとページを閉じて、その感動を噛みしめながら違うことに思いを馳せたほうがいい気がします。そうして他者が作った名作に対して、自分はどう生きようかとか、連想させたり重ねたりしながら、自らの血肉にしていくのが、作品の本当の役割だと思いますから。
ダニング・クルーガー効果というのは能力が不十分であればあるほど自分の能力を過大評価してしまうという恐ろしい現象のことですね。よくいわれているのが、WordやExcelに詳しい人ほどそのソフトがいかに使えるものなのか分かっているせいで謙遜してしまい、詳しくなくて基礎的な部分しか使ったことがない人が使えると言い切ってしまう話。
うーん…耳が痛い。
私は脳科学が好きなのですが、脳科学者じゃないから分からない部分は分からないんですよ。でも好きって公言してるからそれなりに詳しいフリをしているんですよね。池谷教授のサイト(東大で脳科学のマニアックな部分を研究していらっしゃる方がサイトをお持ちなんです)見ても、分からない部分多いですからね…。
アドレナリンとドーパミンの違いって分かりますか?私は分からないので今調べました。アドレナリンは興奮状態の時に出るホルモンでドーパミンは報酬の期待で出るホルモンだそうで。へぇ…。たぶん明日にはまた記憶がぼやけていると思います。
それにしても、ダニング・クルーガー効果が出ない範囲の能力のレベルってどこなんでしょう…。
①やったことがある⇒これは出やすい気がします。何なら覚えがあります。やったことありますよーって普通にいう。
②何回かやっていて経験アリ⇒逆に自信失くしてる気がしますね
③何度も経験している上で他人からフィードバックをもらい、改善に努めている⇒ここらへんもまだ自信がないですね。
④改善に改善を重ね、自分の中では完璧⇒ここらへんは自信満々だと思いますが、このレベルだと逆に他人からの評価が厳しくなりがち
⑤他人からも高評価⇒ここで初めて合致するんじゃないかな
うーん…ぶっちゃけ④はかなり発生しませんか?車の運転とか、それなりに乗れるようになったときのほうが事故率が高くなる傾向がありますよね。単純にし過ぎたのかな。もしかしたら④~⑤の壁は私が想像しているよりも高いのかもしれないです。いやきっと高い。④が⑤になるには長い長い年月が必要な気がします。でもこれ、向き不向きの話とか入ってきたら条件ごっちゃこちゃになるな。三体問題みたい。
私は漫画というものは時間を操作してしまうものだと思ってるんですよね。
人によって読むスピードが違いますし、作者の作風によってキャラクターの喋り方も違います。
マンガ好きであれば一度は考えたことがあると思うのですが、ズバリ「漫画だと違和感のないエピソードがアニメ化すると時間の矛盾を感じる」現象について、深く考え込んでしまったわけです。嘘です。そんなに深くは考え込んでないです。
でも不思議ですよね。『金色のガッシュベル』なんて心の声とかバトルのスピード感とか、漫画だとまったく違和感がないのにアニメだとちょっと気になるんです。これ、アニメオリジナルの作品だとあまり出てこない悩みだと思います。こういった現象は脚本の慣れでもあるのでしょうか。アニオリ作品って脚本の手腕ですもんねぇ。
この現象のせいで、実は漫画原作がアニメ化したときにアニメは苦手だなぁ…ってなる作品がちょいちょいあります。
それで、『レッツゴー怪奇組』はけっこう難しかったよなぁ…などと1話見ながら思ったわけでした。
※とりあえず布教用に公式動画URL置いておきますが期間限定なので消すかも
階段落ちるシーンとか難しいよなぁ…そう思いました。逆に言えば漫画版の時間操作がやばいんですが…漫画って超能力か魔法なんじゃないですかね~
今日道端でモグラが死んでたんですよね。それでモグラについて少し調べていたら気になることが。ほとんど日の光を浴びず、地中で過ごしているモグラは目が悪い・または目がないんだそうで…。知らなかった。
モグラに限らず、深海など視力が必要ではない環境に住んでいる生き物は目が退化しているケースがけっこうあるのだそうで。というのも、そもそも目─視力というものはエネルギーをものすごく使う器官のようですね。糖質とかビタミンB群をけっこう使うのだそう。なのでエネルギーの節約ができる目の悪い個体が自然淘汰として生き延びたのだそうです。
これを聞いて星新一のショートショートを思い出しました。
以下ショートとはいえネタバレ注意
星新一のショートショートでは、進化して超音波を得たこどもが視力を失い目がなくなるというお話がございました。
超音波で視る動物といえばコウモリ。この子供はコウモリのように超音波で視ることはできるけど、目がないという…
進化したはずなのに周りから奇異の目で見られるので避けながら生活しなくてはならない、そういう内容だった気がします。皮肉ですよね。他人より優れた能力を持っているということなのに。
それにしても星新一って動物に詳しかったんでしょうか。ネタの宝庫なので興味がある方はショートショート読んでみてください。すでに読んでいる方は同士です。いえーい。
最近画力上げてるんですけども、これはこれでデメリットがないとも言い難いんですよね。なんか、自分の中のボーダーラインがどんどん上がっていっているのを感じるんです。
今まで漫画は中身だからと思ってサボってきた分を頑張ってるんですが…1ページにかかる時間が増えました。
もちろんもっと上がれば省略とか覚えて楽になるとは思うんですけど…うーん…
没が増える。
知り合いから伺った話なのですが、丁寧に相談に乗るといったことを行く先々で淡々としていった結果、ChatGPTに悩み相談ランキング一位と表示されるようになった、なんて出来事があったようです。そのため、ChatGPTを使う方からの仕事依頼が増えたのだとか。日常の細やかな動作がプラスのバタフライ効果を生んだように思えました。
バタフライ効果というのはちょっとしたことが別のことに繋がるという現象ですね。風が吹けば桶屋が儲かると同じ意味です。
日々過ごしていると、店員さんの態度ほど間接的に売り上げに関わってくるものはないなぁと思うんです。
商品見ながら悩むときってあると思うのですが、店内が静まり返っているのに店員さんが悪口言ってることってあるじゃないですか。そういうときは買うのやめます…。こういう決め方をするのが私だけとは限らないはずです。なんか店員さんが悪口言う店舗ってお店の雰囲気がじめっと湿ってるんですよね。もしかしたら因果が逆でじめっとした店舗だから店員さんも感じ悪くなるのかもしれないですね。じめっとしてるとお客さんもどんよりしてます。なんか全体的に暗く見える…本人たちにとってはそうでもないのでしょうか…そのへんは分からないですけどね…。
そうした負のオーラって負の連鎖を呼ぶような気がするんですよね。で、やっぱり潰れたかぁ…ってお店も何軒かあったりしますよね。
バタフライ効果を呼ぶのって習慣のような気もするんですよね。とりあえず良い習慣身につけておけば良いことが運ばれてやってきやすいじゃないですか。休日でも朝から起きてるとか、こまめな掃除とか。特に掃除なんて金運上がりますよね~。この間は使えるギフトカードが見つかってラッキーでした。普段掃除してないからなんですけど笑。
大前提として、ここに書くことはどの項目であっても個人が考えたり思ったことなので、うろ覚えが多いです。なので何かの根拠にしたりだとか、そういうのはよしてくださいね。
うろ覚えではあるのですが、ちびまる子ちゃんの作者さんであるさくらももこ先生のお話で、記憶に強烈に残っているものがあります。
ちびまる子ちゃんに出てくるおじいちゃんこと友蔵は、さくら先生の考える理想のおじいちゃんであり、先生の実際の祖父とは正反対の性格なのだそうです。
先生の祖父は、小さい頃の先生やお姉さんに冷たく当たったのだとか。だから、先生もお姉さんも祖父が嫌いだったそうです。
ある日、その祖父が死んだとき、小さかった先生はその表情があまりにも面白くて笑ってしまったのだとか。お姉さんもその表情を見て笑ってしまったそうです。
このエピソードを読んださくら先生の読者さんは、なんとさくら先生にクレームを入れたのだとか。曰く、「こんなこという人の漫画は読みたくない」と…。
それに対しての先生の反応は、「読みたくない人は読まなくていいです」でした。
はっきりいってかっこいいと思いました。
子供の反応は素直です。嫌いな祖父が目の前で死んでその表情が面白かったから笑うというエピソードは、素直で正直で、人そのものであると思います。そもそもですが、冷たかった祖父が悪いのですから、死んだときに子どもからそういう目で見られるんです。昨今であれば毒親なんてワードが流行っていますから、この意見というのはおかしく取られないでしょう。むしろ毒親やってる側なんですか?と言い返されるような世の中になってます。
私はさくら先生の全盛期を知らないので、このあとどうなったかは知りません。でもちびまる子ちゃんは国民的アニメであり続けるでしょうし、最近ではコジコジが哲学的作品としてマニアックな人気を獲得し始めているようですね。
クレームを入れた方が今現在何を考えているかは分かりませんが、私はクレームを入れたことすら忘れて普通に楽しんでいるんじゃないかと思います。
「読みたくない人は読まなくていい」は、この文脈があってこそ大切にしたい言葉だと思います。
きっと切り取って一文にしてしまうと意味が変わってしまうから。
面白いとは何なのかという議論は「面白い」を包括し過ぎていて決着がつかないのですが、こと感動する作品は作者の人格が理由と聞いて納得しかなかったです。
ひとりあまりにも思い当たる方がいるので……そうだなぁ、確かに人格の影響が大きいです。
最終的にその作品の方向性を感動までもっていけるのは人格者以外にはいませんね。
人格者以外が感動作を描くとどうも偽物に見えるんでしょうねぇ…。
すべてに当てはまるとは限らないとは思いますが、どう考えてもそれは作者の思考がにじみ出ているんだよなぁ。
だから感動作を描きたかったら自分が人格者、聖人的になるのが手っ取り早いんでしょうけど、まぁ世の中は複雑ですからね…。
段階を踏んで人格者になるのもアリだと思います。
車のライトって目ですよね。釣り目のライトがあったり、丸い目のライトがあったりしますよね~。
釣り目のライトの車って、十円パンチみたいな悪戯されたりするんですよね。そして丸い目は女性が乗っていると思われやすいので、性的な悪戯に遭いやすいんです。車の表情って何かしら影響するみたいです。無機物なのに不思議ですね。
子ども関係の職の方は車の表情が優しめのものを乗ることが多いらしいですよ。
話変わるんですけど、行動経済学では「自分の好きなコーヒーを自販機で買うことを我慢して、○○円貯める」みたいな話があるらしいです。
私は最近甘い飲み物を控えているので、毎日自販機でミルクティーを買う習慣をなくしました。そうするとこの考え方では一か月あたり150円×30日分のお金が浮いてることになるんですけど…。5000円分の本を買っちゃったから、お金は貯まってないんですよね。
考え方としては面白いんですけど、私の場合普通に無駄遣いが増えてます。
甘いもので発散できない分、知識欲が有り余ってるのかもしれませんね。知らんけど…。
世界で貧困を何とかしようって会議が行われたとき、そこにはとても高い会場代や、護衛の費用なんかにお金がつぎ込まれていたそうです。要するに貧困層から非難を浴びるようなお金持ちたちの集まりで、とても矛盾していたというお話は妙に胸が痛くなる話です。でも別に悪気があるとかじゃないんですよね。本当に貧困層を何とかしようとしていたはずなんです。事実、その会議のあとは貧困対策も増えているそうですし…。
性善説を信じるのも悪気があるわけではないと思うんです。性悪説も別に悪気があって誕生したわけではない。個人的にはどっちも両立説を推しています。人間、他人を救いたいと思うときと、そうじゃないときがあるんですよ。
言い訳が膨らむと、もっぱら自分にとって都合の悪い人間は悪だから何をしてもいいんだという正義感が誕生するんです。
ミイラ取りがミイラになったりね。
こういった矛盾の両立は人の脳が複数を同時に処理することで行われるそうです。
そしてコンピューターは0と1の集まりだから、人の脳のような処理にはならないんですよね。
しかし昨今は量子コンピュータで複数を同時に処理する計算が行われたり、AIによって人の考え方を模倣する試みも増えました。はて、AIは人の葛藤を表現できるのかな…?
矛盾だらけで生きざるを得ない人というものを完璧に模倣できるものですかね?
人の思考は条件分岐し、意外にもランダムなのだそうです。以前、三体問題について語っていたのを想起します。初期の条件が少し違うだけで全て変わってしまうというアレです。物体が三つになった瞬間に運動の計算がややこしくなるやつ。
脳のシナプスは複数ありますし、また、ひとつの事象に対して動く脳の部位は様々であることが昨今分かってきました。このややこしさを本当に再現できるものですかね?厳しい。
量子物理学の世界ではシュレーディンガー、重ね合わせの状態というものがあります。有名ですが整理するために説明しますと、箱の中に猫を入れてそこに毒を流すと、猫は生きている状態と死んでいる状態の両方を持っているというなんとも不思議な現象の話です(思考実験なので本物の猫は使ってないやつです)。
なので量子力学の考え方で人の葛藤を表現することは可能のようですが…。
…ここまで書いておいてなんですが、定義不足ですね。でも書くの面白かったので残しておきましょう。
私の身近では結構言われていたことなんですけど、理系の方は文系科目得意なんですよね。入試なんかでも、理系の方が国語のトップを取っていたりするみたいです。マーク式だと理系頭のほうが解きやすい傾向があるのかもしれないです。
一応私は文系です。一応…。文系から見た理系の本ってめちゃくちゃ面白いんですよね。なんだかんだ理系の人も言語化能力がないと論文書けないからかな。数学だと証明とか必要だから普通に国語の能力が必須になりますよね。
読んでみると、「理系…?」って疑問に思うぐらい本当に現象の説明だらけだったりしますからね。
科学雑誌のニュートンとかめっちゃ簡単ですし、あれは比較的誰でも読めますよね。
理系分野ではあるけれど、結局結果を伝えるときは「これがこうなったんだよぉ!」って言わなきゃいけないから、文系でもちゃんと楽しめるんですよね。
私はいまだにE=mc2乗が何を意味するのかよく分かってないんですけど、数式以外の説明のところで理解するので普通に楽しいんですよね。調べたら静止質量とか出てきたんですけど、ナニソレ?しかしこの数式が出てくるときは大抵相対性理論の話ですし、相対性理論が出てきたら「重力で時間が曲がるよ~ん」ってことだけ覚えておけば何とか理解できちゃったりします。なんか1個文系的に覚えておけば役に立ちます。どうしても分からなかったら今の時代は調べまくればいいしなぁ…
便利な時代ですね。
1日にあった嫌なことをベッドに入ってから思い出して眠れない、みたいなことってけっこう発生する人多いと思うのですが、どうもこれは脳が嫌なこと=終わってない未処理状態と判断して処理し出すかららしいですね。ちなみにこの現象は一時期発達障害の特徴の一つとして挙げられていました。でも情報元を特定したことはないです。
ボーっとしているときも脳は常に動いているので、そこから考えるとおそらく気づきフィルター部分(RAS)が勝手に動いて過去の記憶を再生し出し、次同じ事があった場合にどうするかという解決法を探していると推測されます。
過去の嫌なことを思い出すとともに、おそらく対処法シミュレーションも行っていると思います。ああ言われたら返す、躱されたらこうする…といったような。
しかし世の中は結果論なので、何度シミュレーションしても絶対的な解決の術は持つことができません。
だから何度も反芻してしまうんだと思います。未処理の無限ループ。
ならこの反芻を止めるにはどうしたらいいかというと、とにかく脳を騙すしかないと考えています。
一時期明日やることが嫌すぎて眠れなかった日があったのですが、脳に「明日は何もない!」と錯覚させることで眠れたことがあるんです。
私は不眠症のエキスパートだったので(2週間眠れないとかざらにあった)この方法の効果はそれなりに保証します。ただしカフェインを摂った日は効果ないかな…。
要するに未処理のものを強制的に処理済状態にさせているんです。
噓も方便。
自己愛性パーソナリティ障害とか愛着障害って最近よく聞く方が多いかと思います。でも発達障害系統の話に比べたら知名度も理解度も全然劣るというか、そもそも定義や特徴の合致がまだ不十分なんじゃないでしょうか。
とはいえ1~9歳の間に愛情不足に陥ってしまうと何かしら問題が発生するもののようです。(昔の実験で赤ん坊を愛情無しで育てたら死んでしまったというような話がありました。昔だからできた実験なので今やったら大問題ですが。)
この裏に何があるのかというのを探るにはそもそも社会背景というものを見過ごせないと思うんですよね。
ではその社会背景は何だったのかというと、鍵っ子、ワーキングプア、またはベビーブームに生まれた就職氷河期世代という時期が出てくると思うんですよね。
就職氷河期世代というのは…まぁ今だと色々謎が解けているかと存じますが、この時期というのは働いている方々に非常に厳しく当たった背景があったり、サービス残業が当たり前だったりする時代だと思うんですよ。
そこで何が発生するかというと、その世代の方々は、単純に自分の子供と接する機会が少ないんです。
悪いことの連鎖ですね。
だから就職氷河期というものが発生したことそのものが人格パーソナリティ障害や愛着障害を発生させたりしていたと思うんです。
社会における個人の安心が常に脅かされていたから、マズローでいう安全の欲求が満たせず、健全な人格が育たないんじゃないかなぁ。
最近忙しいといっても忙しさが午後に集中しているので午前更新が多くなりそうです。(私の中の忙しいの判定が甘いのかもしれない)
単純接触効果について実践したことあったなぁと思い出したのでまとめます。
単純接触効果というのは、嫌いなものであっても何度も見ることによって好きになっていくという心理現象のことです。
ただし、初対面でめちゃくちゃ嫌いだったものに対しては効果がないといわれています。個体差があるという言い方をすればいいのかもしれない。
昔この効果を実践したことがあるんですよね。蛇で。
実は昔蛇が苦手だったんですよ~。まぁ触るのは今も恐いので進んで距離詰めたりはしないのですが、今ではペットショップで爬虫類のコーナーに進んでいくぐらいには好きですし、蛇のフォルムってかっこいいなって思ってるんです。
どうやって好きになったのかというと、携帯の待ち受けをコーンスネークにしたんです。コーンスネークというのは検索すると出てくると思うのですが、小さくてかわいい蛇なんです。
で、これを待ち受けにすることで、何度も蛇の画像を見ることになって、単純接触効果で好きになったんですよね。
その影響でトカゲもカメレオンも大好きだったりします。
この経験があったので、単純接触効果は効果があるって分かったんですよね。
「やる気がある者は去れ」という言葉をタモリさんが言っていたことがあるそうです。
また、「7割がいいんだよ。全力でやらないこと」というアドバイスも存在します。
力を入れて発言すると相手が緊張してしまったり、逆に適当にやろうとしたことが上手く行ってしまったり。
絵の世界ではよく、本気の絵よりもラクガキのほうが周囲からの評価が良いなんてことが多々あります。
でも、力を抜いた状態ってどうすることなんでしょうね。
自然体といいますが、自然体になろうといわれて自然体になれるものでしょうか?
実は習慣がないと難しいんですよ…。力を抜く習慣が身についていないってことがあるんです。
自然体になったことがないと自然体でいられないんですよね。
経験がないから余計難しい。じゃあどうするのか……一人の時間を増やすしかないと思いますね。他人がいると気を張ってしまうということですから。
ちょっと前に『ビッグ・ファット・キャットの世界一簡単な英語の本』というものを読んで、英語というものは進化していってしまうということを知ったんですよね。なので教科書の英語はとても古いのだとか。
そして日本語も同様に進化してしまうのだそうです。
かなり前に「全然大丈夫」が話題になっていたことをご存知の方はどれくらいいるでしょうか…コロナ前だからみんなの記憶から消えているかもしれません。
全然はネガティブな言葉に使うのが本来の用法であり、例えば「全然ない」といった場合に使うのですが、最近はポジティブを含む意味でも使われ、「全然大丈夫」が主流になりつつあります。
おそらくこれは徐々にその使い方もアリになっていくかと思います。
こういった誤用が主流になる他にも、略するブームがあったことはなんとなく感じられますよね。
MTGはミーティング、『もし高校野球のマネージャーがドラッカーのマネジメントを読んだら』はもしドラ「レベルが違う」はレべチ…などなど、様々なものが略語になりました。
90年代に発売されたはずのゼルダの伝説時のオカリナが時オカと略されたときには驚いたものです。古いものでも略しちゃうんだ!いいんだ…みたいなね。
それで、最近面白いなと思うのが、略するブームの後、なんと長くなるブームがネットミーム的に到来したんですよ。
最高を最の高、尊敬を尊の敬
(笑)→ 笑 → w → 草 → 草生えた
略するブームって理由が分かりやすいんですよね。全部いうのは面倒だから略しちゃおうという話なので。
でも長くなるのはいったいどうしてなんだろう…でもなぜか納得してしまう…などと悶々考えていたのですが、ちょっと前に理由が分かったんですよね。
あ、強調か!と…
なんだかんだ昔から強調使われてますよね。
「これなんぞや」の「ぞ」とか「たいへん素晴らしい」の「たいへん」…
こうして考えてみると言葉の変化の仕方って面白いなって思います。
少し前にマジ卍が流行りましたし、ヤバいの危険性(語彙力消失の心配)が議論されてて面白かったですよね。
確かヤバいに当たる言葉が昔すでにあったとかで収まった記憶。
古語が挙げられていたかと思います。
いとおかし=面白い、滑稽だ、かわいい、きれいだ…
面白いですね。
人間関係において、苦手な人のことをNPCだと思うと良い、というのを初めて知りました。NPC理論というそうです。
やり方は簡単です。苦手な人は嫌な気持ちになるアクションをします。そのアクションをプログラムと見なします。相手は人間ではなくバグっているシステムです。なので嫌なアクションを見たときに「ああまたバグってるよ…」みたいに思うと気持ちが軽くなるようです。
プログラマーが得意そうな考え方ですよね。効果があるかどうかは人によるかもしれません。
ということで、今日からやってみようかと思います。
ちょっと話が逸れるのですが、この理論、オカルトの世界ではちょっとホラーなことになってるんですよね。
オカルトの世界では、魂がない人が実在するといわれているんです。つまり、NPCが存在しているってことなんですよ。
「んなアホな…」とか思いますよね。私も思います。
しかし世界=プログラミング説が押し出されている昨今では、あながち否定できないかもしれませんね。
NPC理論について調べていた時のこと。はてブさんのほうに興味深い書き込みがありました。曰く、人の考え方は定数に近くほとんど変わらず、ゆえに議論で論破しようというのは無駄である、という話でした(ざっくりまとめちゃいましたがもっと頭がいい内容です)。そして考え方は変わることはあるけれど急に変わることはなく、ゆっくり行われるものなのだそうです。あまりにも好きな文章だったのでスマホのほうでお気に入り登録しちゃったんですよね笑。
うーん、これは覚えがあります。
人の考え方というのは、変わるにはその人の年齢の半分かかるといわれているんですよね。16歳の時に変えたいと願ったなら8年かかる計算…私もネガティブからポジティブに変えるの大変でしたし、年単位でかかってますよ。
ここ最近また考え方がガラッと変わったのですが、やはりそれも何かしらの積み重ねがあってのことです。
気づきフィルターがたくさん働いて、ぽつぽつ考え方を変えたほうがいいなって気づいていって、いつの間にか別人になっている。そんな感じですね。
まずですね、相手は殺したかったって自白してます。例によって証拠が残らないようにはなってるのですが、何回か会話のような何かはしてるんですよ笑。実際死んでもおかしくなかった状態なんですよね。
え、動機それだけなのって思うかもしれないんですけど、脳科学的にいうとそれだけです。
脳科学の世界では、行為の後に脳が勝手に理由付けをしている、という話をファンボックスでしていたかと思います。
進撃の巨人でもエレンが「できるからやったんだ」って言ってますよね。同じです。
できるからやったんです。本当にそれだけなんですよね。
色々グダグダ言い訳ぬかしてましたよ笑。でもぜ~んぶ矛盾だらけなんですよ。
私ってネット上に個人情報書いてないじゃないですか。にも関わらず決めつけのオンパレードでしたし。
何ならわざわざ聞き出してそれを元に攻撃してくるから嘘ついたんです。そして嘘がバレたためハッキング(トラッキング)であることが明らかになったんですよね。なぜその投稿内容を知ってるんだ…みたいなね。(それ以前にも追いかけてないと説明できないことはありましたが決定打でした)
なんで会話なんかしたの?って話になると思うのですが、これは私もできるからやったんですよね。
知りたいじゃないですか、そういう人の心理。
ただ単に「殺したい」という動機に縛られただけの人でした。だからやることは一直線なのよ。ただひたすら追いかけて罵声を浴びせれば死ぬと思ってんですよね。そういうことするのが楽しい人なんじゃないですか?
いい悪役が描けそうです。
こういうことに関して厳密に書くのは好きじゃないのですが、上記と繋がってくるのでざっくり。
江別大学生殺人事件の発端は恋愛絡みです。被害者は八木原被告の元恋人。八木原被告は被害者から遠距離を理由に別れ話をされます。それを聞いた友達の川村被告は被害者を呼び出して集団リンチ。
このニュース見て驚いた人多いですよね。動機おかしいだろ!
…すいません、用事できたのでまたあとで続き書きに来ます。
帰ってきたので以下に続きを書きます。
この事件何が嫌かって、加害者側は正義のつもりです。
発端から考えると「友達のためにしてあげた」なんですよね。集団リンチの際のセリフに「ライダーキック」ってあったじゃないですか。仮面ライダーの風評被害です。完全に「制裁してやった」としか考えてないですよ。
書いてたら気持ち悪くなってきちゃいました。
これはここまでで置いておいて、上にも書いたこのサイトの被害について、どうして複数だったのかという話をしておきます。
江別殺人事件と同じ理由ですよ。お友達を呼んだみたいなんですよね。
私が言い返してくるからお友達を呼んだみたいなんですよね。無茶苦茶ですよ。言い返したっていったって、「時間の無駄ですよ」とかそんなもんですよ?!にも関わらず「あなたに言われた酷い言葉忘れない」ですって!お前他人に死ね死ね言っておいてどの口がほざいてんだ?!証拠出さないか動向見てたんで耐えてたんですけどね…。
で、お友達に迷惑かけまくったみたいなんですよね…?(ここらへんは厳密にはよく分かってません)
すでに書いている通り、「殺したい」以外の動機は言い訳に過ぎなかったと思います。とりあえず嘘をばらまいて、殺す目的のためにお友達を動かしていたわけですよ。
で、まぁ…あちらさん仲違いが始まったりしていたみたいで……。
私もどこまでが本当でどこまでが嘘なのか判断できないんですよ。だって私は相手のことよく分からないから。
とはいえ、私がこの話を詳しく話し出したのは、なんか事が一応収まってきたからだと思ってください。
24時間までとはいかずとも、IPアドレス追って誹謗中傷は少し前にもあったんで…(よく飽きないよなホント!)
《追記》
なんか感情的になってるなぁ…まぁそもそも攻撃してきたのが同一人物・同一の集団だと分かるまでにも時間がかかっているし(どこにでもいるからおかしいなって)、色々と判明するまでゴタゴタで複雑だったんですよね。それだけに1から全部説明することができないでいます。
次に来たら証拠見つけて警察に突き出したいもんです。現実的には厳しいですけどね。逆恨みされたら嫌だなって思ってたけど、すでに逆恨みされてるから意味ないんですよね。悪いことした人って勝手に逆恨みするんですよ。そういう心理なんですよね。自分に都合のいいように生きてるからさぁ…。
YouTubeって、伸びなかったチャンネルを捨ててまた新しいチャンネル開いて投稿すると伸びるらしいです。ただし、投稿数がそれなりに貯まって、アルゴリズムに好かれるとという条件付きみたいですが。
こういう話を友人にすると「それってなんか悲しいね…」って言われます。気持ちめちゃくちゃ分かる。
でも戦略取らないと48億人発信時代って見てもらえないんだろうなと思うわけです。現在SNSをやっている人の人口が48億人ってどこかで見たんですけど、それぐらいインターネットというものが広く普及していて、皆YouTubeに投稿ができる世界なんですよね。
なので、伸びを重視する方は戦略的撤退でチャンネル捨てるのもアリなんだろうなと思います。
………もしかしてアカウント消した自分のこと正当化しようとしてる?
私の中では結構この自問自答にぶち当たるんですよね。
pixivって一次創作見てもらえないですからね。本当はね、すべての作家さんが自分のサイトを持っていて、数字とか見えないところで作品発表してくださってたら、安心して感性に従って楽しめるんですよ。
数字邪魔数字邪魔って、いつも言ってますからね。でも気になっちゃうからね。
そしてもちろん現実的じゃないんですよね。pixiv以外でどこで発見するんだよってなるので…。
なりすましもあるからな、酷い話だ。
聞いたことある方いらっしゃるんじゃないかなって話なのですが、場所というものは記憶に結びつけやすいんですよね。なので勉強するときに、「あの話って何だっけ」って思ったら、教科書のページごと思い出そうとするほうが早いんですよ。
奈良の大仏って教科書にどんなふうにのっていたっけ…みたいな。そうすると写真や文章の位置をぼやぼやっと覚えていたりします。そこでほしい情報を取り出せたりするんですよね。
で、なんでこんなこと言い出したのかというと、実は毎回19時頃に洗面台でここに書くネタ思い出すのに、いざ書こうとしたときにはド忘れしているんですよね。
これが3回目くらいなので、洗面台がトリガーなのは確実なんですが…。
洗面台だけ思い出して書くことは覚えていないという謎の状況です。
何書こうとしたんだっけ…。
書くことを忘れないようにメモ書きを用意するようにしました。何で早く思いつかなかったんだろう。
最近デジタルデトックスという言葉をよく耳にするようになりましたよね~。ドンデコルテさんのおかげでさらに広まったかもしれません。
スマホから離れて自分と向き合う時間を増やすとか。
電源切るとか、別部屋に置くとか、色々方法はあると思うんですけど、現代においては完全な遮断はかなり無理があるよなぁと思います。
私はスマホ充電中とか別の部屋に行っちゃうんですけど、スマホは常に持って連絡取れるようにしてって家族から怒られてしまいますし、最近では地震の心配もありますから、緊急時に役立つスマホは自分の近くに置いておいたほうがいいんですよね。
停電の時も一番役に立つのはスマホでして、懐中電灯機能を使って、ライト部分を上に向けると電気代わりになるんです。これはおすすめですよ。
それに現代では仕事にもスマホアプリを使いますよね。会社専用のアプリも増え、給与明細やタイムカードもデジタル化が進んできました。
特にカフェのモバイルオーダー化が進んでおり、LINEを使って注文する始末です。(余談ですがお店の電波が悪くて注文が消し飛ぶケースがあり私はこのシステムを心底嫌っています)
現代がスマホに対応し過ぎていて、もはや完全な遮断ができなくなってるんですよ。
だから、デジタルデトックスはハーフに扱うべきかなって思うんです。
メリハリですよね。ずいぶん前から電車内でスマホのゲームをしてる方が多いのですが、たぶんそういう時間に隙間を入れられるんじゃないかなって。
電車の時間を全てスマホに使うんじゃなくて、ちょっとでも手帳取り出してスケジュールの確認に回すとか。あとはボーっと窓の外を眺めて目を休めるとか。
ボーっとする時間はRASが働くので決して無駄な時間じゃないですし。
引っ越してからというもの、家具の配置には一応できるだけこだわったんですよね。
右にはパソコン関係(スキャナーあたりの周辺機器や充電器とかUSB)の引き出しと資料、左にはA4サイズのコピー用紙がすぐに取り出せるようボックスやら書類トレーやら、他にもデッサンの本とか用途ごとに分けたカラーボックス置いておくとか。
う─────ん……
使いこなせてないなぁ…
絵関係の他にもこういった機能性はもうちょっと考えてもいいよなぁ~と思い続けてるんです。
大事な資料ボックスと決めた場所に使ってないイヤリングとか入っているんですよね。
環境づくりは全ての基礎ですから…。
綺麗ならいいとかではなくて、行動力のための最善の配置をしておくのがいいんですよね。綺麗はあくまで加点…。
ネットで絵描きさんの環境見てると「うお~っすごいなぁ…」となる。
絵のために最適化された環境が素晴らしい。
ウチはせめてもう少しデッドスペースを減らしたいなぁ。使ってないスペースまだまだあるよ…。
これたまに思うことなんですけど、子どもの頃の生活科か何かでアリの巣の観察とかやりませんでした?それで、働きアリがいて女王アリがいて2割くらいの休んでるアリがいて…みたいに、アリにも社会があるんだよーって学びませんでしたか?不思議じゃないですか?何でアリの社会は成熟してるのに人間社会は未成熟で進化させていかなきゃいけないのか。
今だって議論が絶えないんですよね。地震が起きたときに従業員も逃げるべきだとか、少年法は変えるべきだとか。人間社会ってずっと進化していかなきゃいけないんですよ。
一方でアリの社会って議論ないし、仕事は完全な分業制らしいんですよね。しかも上司とかいなくて、自分で必要なことをするみたいです。
人間はアリに見習えば理想的な社会が作れるよって話まで出てきました。うわぁぁぁぁぁぁぁ~アリさん人間よりエライの?!
…そんなこたぁないんですよ。
アリの社会って小さいですよね。何匹もいるけど規模が小さい。身の回りのことだけできていれば生きていけるから。葉っぱ持ってきてちぎって、はいゴハンつくって…。
人間社会は大きいし、守る社会を生態系の範囲まで広げすぎなんですよ。絶滅危惧種を心配したり、下水に落っこちたカルガモを救出したりするでしょう。
人間は命というものを大切に扱って、その上で死というものから逃避している。
この矛盾が生きとし生けるものの弱肉強食の社会に反しているんでしょうね~。
救出されたカルガモと、焼き鳥になる鶏…この命の矛盾は何なんでしょうね。
でも救出されたカルガモはおそらく、人間社会での守るべき対象に入っちゃってるんですよね。
この矛盾は一例で、人間社会が未成熟なのは、範囲が大きすぎたがために、人によって変わってしまう事象に耐えきれないからだと思うんですよね。
未完成な世界のほうが変化して面白いから、それでいいのかもしれないですね。
見る専のXアカウント復活させてるのですが、仲いい方の接触はまだ危険だな~と思って、ほとんどおすすめ欄を見ている状態になってます。
その中で、理屈が破綻していて口が悪い人のことを「罵倒語だけ聞かされた九官鳥」って表現されていたんですよね。相手を罵る言葉しかインストールされていないから、コミュニケーションが全て悪口になるのだそうです。九官鳥は聞かされてきた言葉しか喋りませんからね。
これNPC理論と相性良いな~と思って。
NPC理論では相手のことをプログラムだと思い込むのが大前提なのですが、ノンプレイヤーキャラクターなのだからそのアイコンがほしいですよね。
だからそこに九官鳥を当てはめるんです。
そうすると毎回そのイベントやアクションで出会う相手に対して「あ、また同じ言葉繰り返してるな~」という感想しか出なくなってきます。
これは効果ありましたよ~。
こういうのはたぶん自戒とかもしなきゃいけないケースあると思うんですけど…
基本的にトラブル持ってくる人って同じなんですよね
…何ででしょうね?
調べると関心を持ってほしいとか、トラブルがそもそも好きとか、トラブル作ってるのがその人自身とか色々でてきますね。
こういうのはたぶん、「自分のことかもしれない…」って思う人は大丈夫だと思うんですけど(読みに来る方で悩んじゃう方がいそうだから補足しておく)、トラブル起こす人って大抵自分のせいだとは考えてないんですよね。
例えばなんですけど、クレーマー本人になぜそんなに怒るのか聞くと「当たり前でしょ」としか返ってこないと思います。
ダブルミーニング(一つの言葉に別の意味が含まれていること)では「自分を丁重に扱ってほしい」という願いが込められているんですよね。
うーん…まぁ…しかし…
皮肉なのはそういう態度だから丁重に扱われないといいますか…やりすぎると嫌な思いを積み上げられて嫌いって言われるようになるといいますか…関心持たれることには成功しますけど…
最終的には「こんなやつだからな」で見捨てられると思うんですけど……。
成長曲線って見たことありますか?私は高校の頃の先生が「勉強の成長って直線だと思われがちだけど実際はギザギザなんですよ~」って黒板にザクザクしたグラフを描いたときに初めて見ました。
実際、成長曲線はギザギザだと思います。
例えば絵を描くときなんですけど、顔が得意だと全身は不得意じゃないですか。そのためその不得意部分を何とかするために穴埋めすると思うんですよね。
で、顔のバランスを描くときの技術と全身のバランスを描く技術って違うじゃないですか。そうなると、全身描くときに顔のバランスが悪くなるんですよ。
で、全身が描けるようになったら今度は脚の描き方が未熟だなって気づくじゃないですか。それで調べまくって何とか描けるようにするじゃないですか。
そうするとまた全身のバランスが崩れて…となるので、この全体がマッチするようになるには時間がかかるんですよね。
私は全身まだまだなので…というか筋肉がまだまだなので、成長曲線が停滞してますね。
もうちょっと理想に近づけたいなって思います。
自分に最も足りない要素は何かと考えたときに、私はきっちりした取材というものを行っていないことだと思っています。
生物の本を読んだり、宇宙や人体について知ったとて、研究室には入ったことがないんですよね。
一応JAXAは行ったことあるのですが一般向けは簡単に触れ合う体験重視のものですから…。
だから私が生物とか宇宙の話をしているときにしっくりこないのは、百聞は一見に如かずの一見が少ないからなんですよね。
もっと色々やってるイベントにチャレンジしたほうがいいんですよね。
インドア派はこういうのが不利。
ここの誹謗中傷してた人の犯人像の話です。なぜだか自語りが多くて(同情してもらえるとでも思ってんでしょうか)面白かったので書いておきましょう。
●生活保護
なんか自分から言ってました。保護されてる身で他人に危害加えんな!
●毒親育ち
ウチも毒祖母育ちなんですけど、抜け出すまで結構かかりましたよ。でも毒親育ちなのに優しい人っているじゃないですか。この人はただ単に遺伝じゃないですか?どこまで本当か知らないけど。
●なんか皆から嫌われてるらしい
…?あとから判明したんですけど、じゃあ何でお友達と一緒にいるの?ここらへんはそのせいで怪しいです。
ざっとこんな感じの人物像ですね。うーん…主に罪悪感を与えることで人を操作しようとする言動が多かったので初めて出会ったサイコパスの可能性は否めないんですが…。
ちなみに脳科学とは別の心理の話なんですけど、「自分が危害を加えた相手に対して、その仕返しが怖くなるから殺そうとする」みたいな動機もあるっぽいですね。これを逆恨みっていうんですけど。
追い回すのやめりゃいいのに、勝手に追い回して苦しんでたらしいです(???)。
たぶん他の方からも恨み買ってんな~って感じですけど…自分から地獄に飛び込んでどうするつもりなんだこの人?
とりあえずお友達は大切にしたほうがいいんじゃないかな、と思いました。
現実にあるすべてのものっていうのは全体が動いたら全体に従う習性があるんですよね。例えばなのですが、右手でコップを取る時に、手の一部の細胞があっちこっち行ったらコップ取れないじゃないですか。でも不思議なのはすべてのものは原子でできているっていう事実なんですよ。小さい粒がたくさんあるのなら、反発してるものがあってもいいじゃないですか。で、実際小さい粒はちゃんと反発するらしいんですよね。全体に従う習性っていうのは、この反発を抑えることを目的にしています。でも反発する原子はある。細胞で覆っているからそう思えない仕組みなだけ。
これ人間社会の流れに似てるな~って思うんですよね。
いわゆる変わり者とか─例えばスナフキンあたりが該当しそうなんですけど(調べたら自由人って出てきました。こういう属し過ぎない人のことを今は指してます)、こういうのね、必要だなって思うんですよ。
つまり反発する原子は必要。必要がなかったら反発する原子が存在するはずがないから。
誰しもが同じ行動をすることを生命を作りしものが良しとしなかったのかもしれませんね。
いや、反発する原子を含むものしか生き残れなかったのかもしれない?
とにかく、生命活動に…という以上に、そこに在るというコトには必要なことだと思うんですね。
例外というものが。
アメリカのジム・ローンという方が残した言葉なのですが、自分の周りにいる5人の人間を平均したものが自分になるのだそうです。5人の法則とかいうらしいですね。
環境が自分を作るってやつですね。…とはいっても最終的には、という話になると思います。
リア友のことを振り返ってみると、絵を描かない子とは縁が切れちゃってるんですよね。私が人間関係を狭めたい派なのは関係してますが…。
今の状況を見ても…うん、これはここに出すのはあんまり良くないですね。まだ警戒しておきます。
強いて言えば、最近ご近所さんが音楽機材売っている方なのが発覚して、なんか縁があるなぁと思います。
…でも音楽人口について詳しくないからなぁ、珍しくないのかもしれませんね。
さて、この5人の平均という話なのですが、深めますと、どんな自分になりたいかに近づけるときに役に立つなんて話があります。
良い方とのご縁が欲しかったらボランティアに参加してみると繋がったりするみたいなんですよね。リア友はそれがきっかけで彼氏作ってました。良い子だからね。幸せになってほしいと思います。
お金持ちになりたかったらお金持ちの友達作れ、なんて話もあるんですよ笑。
あとコピペネタだと、頭いい子と仲良くなったら馬鹿になってしまった(自分が馬鹿だったから)、なんて自虐ネタがありましたね。そちら方面に引き込んでしまうという。
いずれにせよ自分を知る指標にするのは悪くないと思いますね。
この間まで長らく疑問だったのですが、コーヒーって缶のほうがおいしいですよね?
先ほどAIの回答も見たのですが、ペットボトルのほうが酸素や光を通してしまって、味が劣化しやすいらしいです。
でも他人に聞くとですね、「舌触りが違う」っていうんですよ。私も舌触りが違うと思うんです。缶って調べたら鉄が99%なんですね。だから口に付けた瞬間に鉄の味のようなものが広がるんです。なんかこれが好きなんだと思います。
他の例なんですけど、少し前にストローの種類が話題になってたと思うんですよね。マックが紙のストローになっていたと思うんです。紙のストローを使って何回か飲んだことがあるのですが、舌触りがおかしい。紙の成分が味覚に溶け込むといいますか…なんかもう紙食ってる気分です。そのあとプラスチックに戻った店舗があるんですけど、これは表面がツルツルしており、味が舌にしみこまないからおいしく飲めたんですよね。
これを考えると飲むときの入れ物自体が味に関わってくるって話になるんですよね。
だから劣化とかの前に缶で飲むあの独特な風味がおいしいんです。
冬に飲むホットの缶コーヒー、格別なんだよなぁ。
…今夏ですが!
最近の絵柄を見ていてすごいなぁと思うのは、顔周りの立体感なんですよね。目のあたりをよく見ると、瞼に奥行きがあるんですよ。絵柄によっては虹彩にも立体感があるんです。(このあたりは流行りとは違うのかもしれないけど五十嵐かおる先生の横から見た瞳がスゴイと思っています。)
あと彫りの深さがすごいことになってる。顔の眉下からまぶたにかけてへこみをちゃんと描いてある。
だからアオリ構図、俯瞰構図でものすごく魅力的に描かれているんです。
流行りの絵柄の一例持ってきたいところですが、さすがに無理ですね…
呪術廻戦の斜め顔とか好きなんですけど(でも見かけるだけで読んでない)
ただ、デメリットとしては、目が小さくなりがちなのかなって思うんですよね~。
立体感を意識するとその分描く面積が狭まるんです。現実の人間の顔に近くなるから。
デフォルメ大好き人間としてはジレンマですね。
行動の一番の原動力は報酬の期待です。報酬の期待が高まるとドーパミンが出ます。これが快感なんですよね。
これはパチンコやソシャゲのガチャなんかにも当てはまっています。「次来るかもしれない…!」という期待。人はこれに依存しやすくなっています。
確かサルの実験だったかなぁ。スイッチを押すとゴハンが出る仕組みを部屋に置くんですけど、一方は常にゴハンが出て、もう一方はたまにゴハンが出る対照実験を行ったんです。
結果は、たまにゴハンが出るほうがサルは狂ったようにスイッチを押したらしいです。
ちなみにこれ、「嫌なこと」でも同じ反応が出ます。
昨今は誹謗中傷がよく話題になってるんですけど、エゴサ(エゴサーチの略です。自分の名前を検索すること)する心理はこの報酬の期待が関係しています。
「自分の悪口が言われているかもしれない…ほら言われてた!」という予想の的中が、その人を夢中にさせてしまうんです。
ずっとやってるとストレスが溜まっていくだけなのですが、ドーパミンが出るから止まらなくなるみたいですね。
私がそのままの形で帰ってくる可能性は0に近いです。
どうするかという方針はもうすでに固めてしまっていて、その上で、ここに全てを書くと例の方が刺しに来そうで書かないでいます…
あのとき玄関出るのも怖かったので…
元々この名義でリアルのイベントに出ることはないと思っていたので私自身に支障はないのですが…
非通知で電話が鳴ったりして本当に怖かったんです。これは別人かもしれないんですけど…
そもそもこんなこと書くのは創作としてタブーだとも思いますし、相談した方にはたくさん迷惑をかけてしまったと思います(もはや謝罪が迷惑なレベルだと思う)
弱音を吐いてすみません。さすがに刺されたくなくて…。
少し前に言われていたのが、いじめが発生したことがバレると学校自体の減点になるから隠蔽されてしまうということ。
被害に遭った子の口をふさげばいじめがなかったことになるよねって話になってしまうんですよね。
しかしもっと問題なのは、学校自体がいじめ体質の場合があるってことなんだと思うんですよね。
「あれは遊びだから…」という発想は、まさしく大人側がいじめで遊んできたから出てくるのだと思います。人によって許容範囲とかはありますが…。
教員って地元の人が多いんですよね。教員採用試験の仕組みを考えると、その県の出身者がそのまま教員になったりすることが多い。地元が受かりやすいので。
だから教員が無自覚ないじめっ子だった場合、クラスを受け持つといじめが遊びに見えてたりします。何ならいじめられてる子の社会勉強になると無自覚に正当化し始めたりしますね。「お前は○○が原因でいじめられてるんだぞ」と言ってしまう教員もいたりますね…。(いたんですよ…)最悪の場合教員自身がいじめやるんですけど。(逆もありますけどね。教員がいじめられるパターン…)
この連鎖は止まりにくいですし、やっぱりいじめられた子黙らせようぜってなる人が多いんですよね。
ここらへんってたぶん序の口で、学校によっては自殺者が出てもいじめによる自殺であることを隠蔽しようとしたりしてたような…。
久しぶりに岡本太郎の『自分の中に毒を持て』を読んでます。
冒頭から引き込まれる、既成概念をひっくり返される、まさにコペルニクス的転回の連続なんですよね。
人生に挑み、ほんとうに生きるには、瞬間瞬間に新しく生まれ変わって運命をひらくのだ
今の自分にとってこんなにぴったりな言葉ってないや、そう思います。
危険なほうに賭けろというんですよ、この方は。
実をいうとこの本に出会う前から、私はずっとそうしてきたんです。
なので読んでるとうんうんって頷いてしまうのですが…
実は何がすごいかというと、私が尊敬する方は岡本太郎の言葉にNOが言える方なんですよね。
…すごくないですか?
私はもう…有名人の言葉を鵜呑みにしてしまった自分が恥ずかしくて仕方ない。
これね、逆なんですよ、意外だと思うんですけど、逆なんですよ。
同等レベルで自分を持っている方々は自分の意見をぶつけ合えるんだよなぁ…
だから私、岡本太郎とその方をめちゃくちゃ尊敬してるんです。
へへ…逸れちゃったんで話を戻すのですが、岡本太郎の生き方は常に自分を危険に置くことなんですね。
批判上等の方。憧れちゃいますね。
何よりこの方の文章は、人を動かすパワーがあります。なんだろうなぁ…。
きれいごとに見えないから?実話が多いんですよね。戦争前に帰ってきた話とか、そのあと日本の芸術を批判しまくった話とか…。
今だと批判するのは悪手じゃないですか。この方は違うんですよね。
SNSやったら大炎上してしまうのではないでしょうか?笑
内容もすごいけど、とにかく読みやすい。私なんてわざと読みにくくすることもあるんですけど(すみません、自分が理解できないものを楽しむタチなので)、感情的で直線的で断定されてて面白い。
ちなみに前述した方の影響で私も2周目からは「ここは私の考えと違うな…」と思えるようになりました。
うーん、すごいな。私はどこまで運命を開けるかなぁ…。
生き物には「怖い」と思う本能が備わっています。生きるために必要だからです。
怖いと思わなければ死んでしまう場面というものがたくさん存在するんですよね。
興味深いのは、これらには長い年月をかけて先祖代々DNAに刻まれたものと、経験上備わらざるを得なかったものがあるという点ですね。
DNAのほうに焦点を当てます。高い場所、初めての場所、得体の知れないもの…。
さらに得体のしれないものをピックアップしてみましょう。
・幽霊
・初めて見る動物や虫
・知らない人間
さて、これらはDNAに刻まれるほどに怖いものということになりますね。
幽霊は得体が知れないものを祟りだとすることで、心の平静を保つため誕生したものだと思います(オカルト好きのくせにこういうこという)。なので幽霊そのものではなく不可解な現象とするほうがいいかもしれませんね。次に初めて見る動物や虫は牙をむくかもしれない、毒があるかもしれないという理由で避けがちです。特に毒々しい見た目をしたものは、本能が脳内に警鐘を鳴らすので、逃げる人も多いのではないでしょうか。
ラストに持ってきたのは「知らない人間」ですね。
これがDNAに備わっているのは、長い長い歴史の中で、人類が争ってきていたことと綿密に関係があると思います。
遥か太古、我々の祖先はホモ・サピエンスでした。一説によるとホモ・サピエンスはネアンデルタール人と呼ばれるもうひとつの先祖を殺したとされています。しかしネアンデルタール人は我々のDNAの中に生きています。ふたつの種族が交配したからです。
その後は、ローマの侵略、チンギス・ハーン(現在のモンゴル)によるユーラシア大陸の制圧、紛争などなど。歴史の授業では習うことができませんが、この戦争時には性的暴行がよく加えられており、別の国の人間同士で交配せざるを得ないなんてこともありました。
その結果、「人間が怖い」は本能になりました。
ホラー好きの方々は、ヒトコワと呼ばれるジャンルをご存知だと思います。「やっぱり人が一番怖い」というものです。
おおむね正しいと思います。(とりあえず他の諸々は置いておく)
生きるために必要だからある言葉です。
少し前のことですが、反日活動という言葉がニュースで取り上げられることがありました。いわく、中国や韓国では、日本に対して敵対心を持つことによって内部の争いから目を背けることを目的としているそうです。
この「共通の敵を作る」という手法はビジネスシーンでもグループの結束力を高めるために使われてきたそうです。
おそらくこの言葉を聞くと、なんだか身構えてしまうと思います。ニュースの取り上げ方が悪い印象ばかりだからです。
それに、人によってはその結束力は弱いものである、ほどけやすいという意見も見られます。
しかし…社会主義国家を思い出してみてください。ソビエト連邦が崩壊した理由は、競争が一切なかったからです。全ての人が、努力量の差異に関わらず、給料を同じにされました。するとどうなったか。努力を怠ったのです。
だって当たり前です。努力しても対価が同じなら、人は何もしなくなる。
ならば、少なくとも競争そのものはあったほうがいいと思います。
ただし、その競争は健全であるべきです。
そのためには己の武器を知ることが大切なんですよね。
己の武器を磨き、その力を最大限に引き出すために、共通の敵に対し、異を唱えてみる。
それこそが、この世界における最適化なのではないかと思います。
己の武器とはなんぞや、という話は、私がその道の途中なのでまだ書けないでいます。
つい先日、友達が漫画を描くと言い出して、喜び勇んでいます。
元々授業で漫画を描いたときに一番才能があるなって思っていた子なんです。
しかも好きなジャンル描くっぽい。楽しみで仕方ないです。
私が元ROMってことを知っているのは古参の方だけだと思うのですが、それだけに私は読み手としての気質が強いんですよね。名作が読みたいな。ここでいう名作っていうのは、誰もが知ってる作品とかじゃなくて、誰かの心を掴んで揺さぶってしまう作品のことを指してます。もちろん名作系統じゃない作品も好きなんですけど(何なら名作は目指してなくて、日常を豊かにする作品を描いていると公言されている方もいて、それはそれで「強い…!!」って思って憧れてます。ラブコンの中原先生もそれなんだ。ギャグとかはそっち。なんだかんだ優劣があるわけではないので好みの問題もありますからね!)
そのままの形で戻ってくることはないのに名作を作りたいって何だ…?となるかもしれません。そのうち…と思うのですが、ここでお知らせするのが非常によろしくない気がしてます…。なのでここにはちょっとしたサブコンテンツを置くことになるかもしれないです。
長編漫画描くのが元々向いてなかったのかもしれませんね…。
最近は重音テトのおちゃめ機能と髭男のノーダウトを聞きまくっています。
おちゃめ機能、初めて聞いたときは可愛い歌詞だと思ってたんですけど…今聞くと現実にも当てはまることが多いような抽象的な歌詞なんですね。頭の中が爆発してぐじゃぐじゃになった人間を表現するのにぴったりだな。私の二度寝は遅いから10分なんてもんじゃないんですが…笑
ノーダウトはコンフィデンスマンJPの曲です。
一見騙している側が華麗に謳っているような歌詞ですが、見ていくうちに「騙しているがゆえの人間不信と人間への愛」が浮き彫りになっています。
特に大サビの縋るような歌詞は人間的です。引用しますね。
早くデマカセに気づいて 騙してたわけに気づいて
誰に何度裏切られても 目を覚まして笑って
one more time
騙すという行為は通常、詐欺ですから、悪い行いとしてとらえられがちですね。
でもコンフィデンスマンJPの主役であるダー子って、騙してた相手のことが嫌いじゃないんですよね。
むしろ可愛いと思っている節がある。
この大サビの後に普通のサビに戻る構成は、普通の音楽としては王道だけど、歌詞のおかげでなかなかトリッキーなことになっていると感じています。
「だからまた騙すんだよ。私は欲張りなんだよ」
個人的に聞こえてくる構成のメッセージがこれなんですよね。
これはチームバチスタの栄光の作者がいっていたことなんですけど、凡人でも2作は名作が作れるらしいんですよね。
この言葉を知ってからずっと、名作つくるにはどうすればいいだろうなぁ…を考えていたのが過去の自分です。少なくとも2作もできるなら希望しかないじゃないですか。描いた中には自分の中では良い作品があるけども、まだ何か作れるなら作りたい。
一番耳にする手法は生の実体験なのですけどね。(過去に書いていたこととも繋がってきますね。)
プレバトというテレビ番組に出演していた俳句の先生である夏井先生も仰っていました。「実体験が強い」と…。
実体験以外でつくる場合、どうしてもモデルが必要になります。土台がなければなんだかんだ作れないですからね。この土台を強化するために読み切りを描いて自分なりの手法を確立していっても良いのですが、連載物のほうが向いている方もいるので人によります。
構成の設計はガルパンの方が仰っていたかな。現在のヒット作は過去のヒット作の構成に似せていることが多いのだそうです。
このあたりのテンプレートは音楽でいうところのドラムになりますね。
ドラムのリズムパターンというものはお決まりのテンプレートがあります。これは枠組みなので、よっぽど特徴的なものでないと著作権に違反しないことになっています。
私がストーリーの構成に注目しているのは、このテンプレートがどうなっているのか気になっているからです。
…とはいえ、昨今世の中の注目を浴びているものは、このテンプレートから少し外れていると思います。ちいかわはテンプレートとして新しいのですが…これはもしかしてちいかわの前に同じようなテンプレートが生まれていたのではないかな…。あとはヤニねこも珍しいなと思っていたのですが、どうもこれはタバコを吸っている方をターゲット層にしているようなので、私は除外されているのかもしれませんね。
ゲームだとさらに細分化されているような気がします。ペルソナ5、夜廻り3の構成は面白い。…挙げるとキリがないのでここまでにしておきますか。
文章としてまとまったらまた同じ話題出しにきますね。
映画の感想を書いていくコーナーです。思考迷路よりも感想寄り。タイトルの横に個人の評価を書いておくので構えて読むときなどの参考にしてください。酷評のときもあると思います。
こんなのが観たかった!本当にいい映画でした。
終始伏線が丁寧でしたね。特にべた褒めしたいのは犬の間接的な伏線ですね。序盤に置いていかれた犬のワンシーンがあったことで、ペットだった犬が野犬化しているシーンに説得力が出ていました。作品中では犬の復讐とも取れ(序盤の犬とは違うけれど、なんとなくそういう意味が入っている気がしますね)、同時に懐古としては犬が昔人間の天敵だったことを想起させました。上手かった。
また、雨で氾濫した川に流されるシーンなんてリアルすぎて死ぬときってこんなあっけないんかなと思ってしまいました…。このへんが上手かったのは、見ている側に「だから岡山に残ればよかったじゃん!」と思わせる魔力があるところ。シンプルにそう思わせるのって脚本の手腕だと思うんですよね。
ラストは物足りなさがありつつも家族のオープニングとの違いが見事に描かれていたので、うまい構成だな~と思いました。
全体的に客観的な描写が意識されているというか、主観的な心理描写やモノローグがなく、そのぶん「本当にこんな状況になったら、自分たちはどうしよう…」という自己投影しやすい映画でした。東日本大震災の経験者ほど、共感しやすかったんじゃないかなと思います。
ちなみに、作中では鹿児島に逃げていますが、そんなに遠いところに逃げるのは自殺行為なので推奨できないです。もっと近場に逃げたほうがいいです。そして田舎に逃げていったので描写されなかったけれど、あのまま東京に残っていたら死にます。東京は物流止まったらアウトです。もっと犯罪が起きているはず。
ぁぁぁぁぁ…いやぁ…面白かった…あの…本当に……。
SFジャンルってだけでも難しいのに…こぅ…今までにこの映画体験はない……そんな…
なんかその、SFの中でも面白くするのが一番難しいジャンルだと思うんですよね…閉鎖空間の静かなやつって…
アクションが少ないから…それをちょっとコミカルに…
原作の冒頭だけオモコロで読んでて、映画を楽しみにしていたんですよね。原作は独白形式で始まるので面白いんですよ。これ映画でやっても面白かったのに、尺が足りないのか客観視点で始まって、その時点では映画版はダメかなって思ってたんですけど…いや…いいな…いいなぁ!
面白かったです、特に後半の色々なことが解明される展開から…
リアル思考的なのにファンタジーチックで…はぁ~~~良かった…
危機感の演出が、「このままでは死んでしまう………」みたいなすっご~い冷静な演出なんですよね…
SF好きな方がどういった感想を持つのかは私は見ていないのですが、いや~そういうの見たくないなってなるというか…自分の中でとっておきたい感情を持ちましたね…。
ネタバレをしたくない系統の作品なのでネタバレOKの場なのにネタバレ少ない感想になるんですけど…
難しいけどスッゲー面白かったです…。